エロゲ概論④

④題名:CARNIVAL

ジャンル:系譜から外れた鬼子。OP詐欺。
制作会社:S.M.L.
脚本:瀬戸口廉也
制作年:2004年
エロゲ批評空間(中央値/平均値):81/81
エロゲ批評空間ベスト:第146位

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「幸せってなに?」
「うーん、すごい質問だなぁ」
「ほら、マンガとかであるじゃん。馬の鼻先にニンジンぶらさげるとそれを追いかけて走り続ける」
「うん」
「そのニンジン」
「うーん?」

「―――ニンジンを追いかけてみたくなったんだ」
「あれはどうやっても追いつけないようになってるんだ」
「いいの。思いっきり走ってみたい気分なんだ」

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鬼子がある。

どのような村落・集団であろうと、正常な系譜に連なることを否定する忌み子は生まれ得る。彼らは健常の外に位置し、ゆえに排斥され正当な評価は得られず無視に落ち着く。本作『CARNIVAL』もその一種である。

本作を貫く軸は至ってシンプルだ。復讐劇。劇中でモンテ・クリストと題された章立てが象徴するように、これは多数派から排斥・圧殺されたマイノリティの復讐である。穏やかで読書を好む少年を主人公に据え、復讐の名の下に彼に禁忌と十字架を背負わせる。

その過程こそ、正しく「18禁」。

正視に堪えない残虐さを我々はそこに見る。それゆえ、生来シャイで奥ゆかしいオタクにはこれを嫌い遠ざける向きも存在する。ある意味で当然で全うだ。しかし、あえて禁忌に触れ背徳に浸りアウトサイダーの境界線上に精神を置くことを好む向きもまた等しく存在する。そう、CARNIVALはそのような人種に麻薬的だ。

18禁パソコンゲーム―――またの名を美少女ゲーム
名は体を表すというが、そのような名称からしてうさんくさい存在であるところのエロゲ界、その最大の特徴は”アナーキー”さに求められた時代があった。

テンプレート、最適解、洗練された戦略が未だ発見されていなかった頃、エロゲにはあらゆるものを内包する混沌とした怪しげな雰囲気があった。禁忌やTabooを踏越え、これと戯れ、精神を賦活させ思索を刺激するような怪作が山と存在した。

もちろんただ超えるだけではヤンチャにすぎない。境界とは踏み超えず内に留まるからこそ意味をもつ。そこを十全に理解しつつも挑まずにはいられない習性をもったアルティメットな人種がいた。

娯楽の形は様々だ。従来のエロゲがひたすら与えてくれる人工楽園だとしたら、これはひたすら奪われる娯楽だろう。本来感情移入する、プレイヤーの身代わりである主人公に向けるのは精々が一瞬の共感であり、端正な文章と構成が生み出すのは圧倒的な距離感だ。未踏の倫理を踏破していく彼に、我々は言葉すら発する事を許されず、ただ固唾をのんで見守るのみだ。

この極限状態で願いをかなえるのは選択肢を与えられた主人公ではない。ただ消費し貪食するのみと思い込んでいたヒロインである。加えてその願いは健全なものではなく、規範の内に収まるものですらない。辿りつけたのかどうかも分からない。ただ、果てしない流れの果てに、目指したい、走りたい、と。そう願っただけに過ぎないのだ。

その美しさ。これはただの“美少女ゲーム”ではない。砂糖菓子の弾丸では撃ち抜けない峻厳な世界。作中の人物が言っていたように、世の中にはルールがあって、ほとんど全ての場合、僕らの考えや感情よりもそちらが優先される、そういった至極真っ当で―――酷く手厳しい、我々の世界だ。

ここにおいて、登場人物たちは自らに与えられた過酷な運命の中、それでもただ流されることをよしとせずに、足掻き続け抗い続ける。そこに我々は貴さを見る事が出来る。端正な文章とそこから滲み出る潔癖さ、誇り高さ―――

今までエロゲなるものに全く触れず、しかし産み落とした怪物がエロゲとしてパッケージングされた、脚本家<瀬戸口廉也>。これがその処女作である。彼はその後2作を上梓し、エロゲ界から去った。一部の熱狂的なファンから非常に惜しまれた彼の退陣はしかし、彼の生み出した3作の怪作の価値を損なうものではない。2作目『SWAN SONG』3作目『キラ☆キラ』。そのどれもが本作のように、本作を超える、世を見つめる厳しい―――あまりにも厳し過ぎる―――眼差しと、弱者がそれでも己を損なわず淘汰に抗い続ける精神性を宿す。

そこにあるのは人間性の成長ではなく、人間性の“確認”。
彼らはそのように生きてきた。あのようにしか生きられなかった。我々もそのように生きるだろう。万華鏡を捨てた女やスーツの男、包帯の男に対して憎しみはない。彼らの凡庸なパーソナルなどに、そもそも我々は興味を持たない。プレイ中にあれほど吐き気を催したのは、彼らにではなく彼らの弱さに対してだ。

この苦み、この痛み。まさに正しく18禁ゲームである。さすがにいつもいつもこの手の物を食べるのは勘弁願いたいが、年に何本かだけ、甘いケーキやステーキの合間に、苦みほとばしる年代物のワインも飲みたくなる。そういうものだろう。

作家、那須きのこは「18禁ゲームが守るべきルール、あるいは矜持」というものについて語った事がある。

一つ、絶望を嗤いながら希望を嘲笑わないもの、
一つ、娯楽性を求めながら大衆性を切り捨てるもの、
一つ、プレイヤーに奉仕しながらユーザーを省みぬもの


本作は、本作を生んだ瀬戸口廉也およびスタッフは、きっと、何事かを己に課し、何事かを守り抜いたのだろう。

CARNIVAL (二次元ドリームノベルズ)

CARNIVAL (二次元ドリームノベルズ)